【ネタバレ】『この世界の片隅に』を観て泣きながらとった感想メモ
※あらすじ等は書きませんので他サイトをご参照ください。
※観て感じたこと、気づいたことをズラズラと書き連ねたものです。
※なので多くのネタバレを含みます。くれぐれも、観劇前に読むことをお勧めしません。すぐブラウザを閉じましょう。
※「知らんでええことかどうかは、知ってしまうまで判らんのかね」(『この世界の片隅に 中』より)
※判らんですよ。だから自分で背負っていくしかないのです。
※そんなわけでネタバレ感想メモです。
【『この世界の片隅に』片渕須直監督•2016年・原作こうの史代を観ての感想】
・冒頭、礼儀正しくて働き者の可愛い女の子がお使いに……って「つかみ」として完璧すぎませんか!
・「すずさんが描く絵」が美しく動き出し、アンリアルとリアリティが溶け出し、ゆっくりと作品の中に入っていく感じがしました。
・兄に手紙を出すシーン、名前を書くところがゆっくり描写されるのは「姓」が変わったこと(浦野→北條)をすずさんが初めて実感する場面だからなんですね。
・それでも住所を忘れるところが可愛いし、「住所も知らないところに嫁に来た」というすずさんの性格と環境を描写しているわけです。
・「さん」付けで呼び合う夫婦ってやっぱり最高に萌えるなー。
・要所要所で表示される日付。私たちは誰もが、昭和20年8月6日に広島で何が起こったか知っている。それはサスペンス作品が醸し出す「これから確実に何かが起こる」という緊張感と似たものだし、多くの大河ドラマや、もっと言えば『あまちゃん』で2011年3月11日を迎える気持ちと似た感情でもあったと思う。
・「確実にその時は来る」という気持ち。だからこそその時をどう迎えるかが大事になるというドラマツルギー。
・なおこの「日付」は、『ユリイカ2016年11月号 こうの史代特集』「『漫画アクション』の片隅に(細馬宏通)」という批評によれば、隔週誌(漫画アクション)掲載時には「平成」と「昭和」が一部揃うよう入念に計算されていたそう(たとえば原稿の冒頭に「20年6月」とある場合、作品内は昭和20年6月だしその雑誌の掲載日は平成20年6月だったと)。
・どういう才能なんだこうの史代先生…。。。
・タイムラインで本作を作家が軒並み絶賛していたのですが、なるほど。本作は掛け値なく面白く、美しい物語だというだけでなく、作家なら誰でも、「もし突然描けなくなったら自分はどうなるのだろう」と考えたことがあるはずで、(描けなくなったとしても)「それでも生きていく姿」が本作には当たり前に、そしてこれ以上ないほど美しく描かれているからなんですね。
・驚嘆せざるをえない圧倒的なのん(能年玲奈)さんの演技力。
・化け物か。
・観たあとに原作を読んだらすずさんのセリフがのんさんの声で響きました。
・終戦時、すずさんは20歳
・20歳!?!?!????
・周囲がだんだん異常な状況になっていく。その時の日常を担保するすずさんの性格。
・日常を緻密に描くことで非日常の非日常性が、物語の物語性が際立つ。日常が、圧倒的な日常が胸に迫る。
・「生きてゆく」がテーマだからこそ、食事と性をちゃんと描くわけですね。
・わかる人にだけわかる描写がある。初夜の合言葉、遊郭、妹さんのアザ。
・特に遊郭は、いい匂い、よそ者ばかり、ここから出ない、と特有の世界観「だけ」が描かれる。
・空襲が本格化し、日常が歪み、人間が歪み、自分が歪んでゆくことを、背景を歪ませることで描写している。
・玉音放送を聴いて納得がいかない、と叫ぶすずさん。最初は、悔しいんだろうなと思ったんですね。まだ戦争を続けてほしかったんだろうなと。だって「ここに5人残っている。まだ左手も両足もある」と言うし(しかしこれすごいセリフでしたね。震えた)。戦争って止めるより続けるほうが簡単なんだろうなと思うので。戦争が日常になると、その日常を守ろうとするのかなと。
・でもちょっと違った。というより、それだけじゃなかった。すずさんは怒っていたんですね。あの場にいた誰よりも怒っていた。
・本作は怒るシーンがカギなのだなと。怒らないすずさんが怒るからこそそのシーンが印象的に響く。
・すずさんが怒るシーンは3つ。北條家に嫁いだことが不幸であり連れ出してほしいと思っているに違いないと決めて自分に迫ってくる水原哲に納屋で。余計な気を回して水原に自分を差し出した周作に汽車で。そして玉音放送に。
・自分から絵を取り上げ、右手を取り上げ、姪を取り上げ、父と母と兄を取り上げ、故郷を取り上げ、最後の一人まで戦えと言ったのはお前たちだろうと。
・いや「お前たち」だけではない、その暴力の中に自分も列しているのだと知ってしまったから。
・時限爆弾が炸裂した瞬間に暗転する世界、明滅する景色。観客はふと、これまで観てきた美しい風景、優しい人物描写は、すずさんが観る視界だったのではないかと思うのではないでしょうか(私はそう感じました)。
・映画館からの帰り道にすぐAmazonで原作マンガ版全巻購入。
・すげええええ!! このほのぼのとした絵柄、練りこまれたストーリー、魅力的なキャラクターで、実験小説みたいな表現手法!!
・マンガ版にのみ描かれたエピソード。リンさん、りんどう柄の茶碗、口紅。
・特に軍事訓練のため3ヶ月家をあける周作さんを見送る際、すずさんが紅をひくシーンは劇場版の最も美しい場面のひとつなので、ぜひその口紅にまつわる描写はマンガ版を読んで知ってほしいです。
・自分は劇場版→原作マンガ版→ユリイカの特集号購入、という流れです。このあと『夕凪の街、桜の国』を買って読みます。むふふ。
・定期的に差し挟まれる「笑い」の描写は、原作が雑誌連載作品だったからなのかなとも思うし、それが劇場版において構成の緩急と密度を作り出しているのが興味深かったです。
・髪型を変えるのは成長と生まれ変わりのメタファーで、この演出手法はもう何百回も見たはずで、『ローマの休日』でも『天空の城ラピュタ』でも、『魔法少女まどか☆マギカ』でも『君の名は。』でも、大事な場面で主人公の女子が髪型を変え、それが「成長」を示していた。しかしそれでもやはり本作は「ここで使うのかー!」という驚きを見せてくれました。感動。
・当然の話として、優れた物語は多くの文脈を含んでおり多くの解釈を可能とする。だからこそ、その行間を覗くと覗いた者自身や、見たいものが姿を現わすのだなと、本作が巻き起こしたさまざまな論戦を眺めていて思いました。
・原作マンガ版最終回にある詩に刻まれた「愛はどこにでも宿る」という言葉が素晴らしい。これは人間賛歌ですね。
・そして何度でも、だからと言ってそれがかけがえのないものでないという理由にはならないのだなと実感します。
・観終わったあとに多くの観客が気づくのでしょうね。すずさんのように、みんなこの世界の片隅で、自分にとって大切な記憶を抱きしめて生きているのだと。
・しかし今年の邦画は本当に次から次へと……すさまじいなあ……。
・これは今年に始まった話ではもちろんないのだけど、優れた物語や優れた体験にとって、インターネットは敵でなくむしろ大いなる味方になるのだということがよくわかった年になったと思いました。
・また観ます。素敵な作品を、ありがとうございました。本当に本当に、ありがとう。
以上。
『この世界の片隅に 上』
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